2006年1月
伊豆・戸田温泉

 2005年の12月は寒くて何処へも行かず、車のバッテリーも上がってしまった。
 年も変わりたまには車も動かさなければと、冬型の気圧配置も緩んだ日をねらってい近場の戸田温泉へ出かけた。
 伊豆西海岸へ入るには修善寺から土肥へ出るのがポピュラーであり、戸田へ至るルートは戸田・土肥間、或いは修善寺から戸田峠を経由するルートの道路状況から敬遠されがちである。
 戸田へは沼津市口野から県道17号線で三津、大瀬を経由するもう一つのルートがある。海岸線沿いのルートだが大瀬を過ぎてから海側は断崖絶壁の連続で、すれ違いもままならない部分が多かったが、近年トンネル開通や拡幅が進みキャンピングカーでのすれ違い困難な場所は極わずかになった。まして普通車なら通行に苦痛を覚えることは皆無だろう。
 
 沼津市口野で時計は13時を過ぎ、コンビニで弁当とお茶を買い込む。西浦で道路脇にあった漁の道具を入れる倉庫と思われる建物横の空き地に車を止め海を眺めながら遅い昼食をとった。

 好天で穏やかな海の土曜日だが、対向車は少ない。大瀬からの登り道から右手下にみた海岸はダイバー達で埋まり、海中での場所の取り合いにならないかと思えた。
 戸田温泉は昭和61年(1986年)に湧出した伊豆半島で最も新しい温泉で、村営(現沼津市)温泉の壱の湯は入湯料300円で人気がある。私たちが入ったときは地元の方と私だけだったが、間もなくグループ旅行中と思われる騒々しい集団が入って来てせっかくのゆったりとした雰囲気が台無しになってしまった。

 まだ日が高い内に温泉を後にして、戸田港を形作る砂嘴の御浜岬に車を進めた。快晴・波静かな海の向こうに富士山がくっきりと望め岬の入り口にある駐車場に車を止め防波堤の上の散策を楽しんだ。
 富士山の麓に住み、見慣れている富士山だが、海越しの富士山を眺める機会はそう多くはない。まして天候に左右される眺望で、今回のようにハッキリと見たのは初めてだった。

    
 左から御浜岬第2駐車場、御浜岬灯台付近からの富士山(中央に第2東名の橋桁が見える)、1泊した造船博物館駐車場(うしろは諸口神社)

 岬の最先端にある造船博物館は、安政元年日本の開港を迫るため来訪したロシア戦艦ディアナ号が地震による津波のため破損、現富士市の田子の浦近くの海から戸田港に修理のため回漕中に沈没したため、戸田の寺に乗組員の宿泊させ、ついには地元の船大工達が建造した日本初の洋船でディナ号船長のプチャーチン以下乗組員の一部が帰国したことを記念して開設されたもので、戸田は日露友好のシンボル的な土地となっている。
 この博物館は深さ3000m以上の駿河湾で採取された深海魚の標本も展示されており、珍しい生き物を見ることが出来る。

 

 博物館の見学や、突堤で釣りをしている人を眺めたり、岬の松林の中を散歩したりしている内に富士山も赤く染まり駐車場の車も一台また一台といなくなり静かな夜になった。戸田の街とは湾を挟んで反対に位置する御浜岬の松林は夜になるとライトアップされ、博物館周囲は外灯が灯り不安感はない。
 また、博物館の外トイレも終夜利用可能である。

 夕食は簡単にインスタントラーメンで終え、就寝前、夜釣りのウキが3個波間に揺れているのをみながら、犬と一緒に堤防上を歩き20時半にはシュラフにもぐり込む。

 夜間若干の寒さを感じたが眠りを妨げられるほどのものはなく9時起床。パンと牛乳の朝食は私たち横着P泊の定番になっている。
 出発前海岸を歩くが曇り空で富士山は見えず。湾内の突堤の釣り人をしばらく眺めるも釣果を見ることは出来なかった。

 帰路を来た道にするか戸田峠越えにするか迷ったが、前日の道中で見下ろした井田の集落に咲いていた菜の花を
 写真左から井田の菜の花畑、同明神池

見たい気持ちが優先し、往路をたどることにした。 
 井田は民宿で有名であり、第10回美しい日本の村景観コンテストで「全国農業協同組合中央会会長賞」を受賞した集落でもある。菜の花は早咲きのものと思われ丁度見頃の時期であった。菜の花畑から徒歩数分の所で数十メートルしか離れていない明神池と名付けられた淡水の池がある。説明看板によると大瀬や戸田港のような砂嘴が延びてついには陸地と結合したけっか湾が池になりついには淡水化したものだそうだ。堤防を越えればすぐ海の場所でなかなか趣のある池で周囲は芝の探索路が整備されのんびり回るには丁度良い距離である。

 井田では2時間ほど過ごし、日曜日のため前日よりは対向車は増えていたが、すれ違い困難な目に遭うこともなく往路を走り14時には帰宅した。

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