中信・北軽井沢
   6泊7日   
(2004.9.16〜9.22)


 今年も7月8月は夏休みをとらなかった。というといかにも労働意欲旺盛と思われそうだが、実のところは涼しくなった9月、敬老の日を含む連休前後に休暇を集中させ、1週間程度をのんびり過ごそうという所業である。

 今年は9月18日〜20日にかけオートキャンプ愛好者にネット上で情報提供をしているAls-netという法人が北軽井沢のスイートグラスキャンプ場でイベントを開催することになっており、運営スタッフの一員として参加するスケジュールと旨い具合に一致していた。
 9月1日に浅間山が噴火し、その後9月16日から噴火が連続しておこっていたときはなんでわざわざ浅間山から8.5kmしか離れていないキャンプ場でイベントをということになるが、地元の方の経験に裏打ちされた「噴火は治まると」との判断に望みをつなぎ、ネット上で直前まで情報を参加者に流し、ゴーサインを出したわけだが、18日には浅間山は雲に隠れ、音がするでもなく、地震があるでもなく、降灰がなければ火山が噴火しているなどとは全く気づかない状況だった。翌19日から20日と顔を出した浅間山山頂からは時折蒸気が噴出するだけのきわめて平穏な姿だった。

9月16日(自宅−韮崎市−佐久市−小諸市−東御市湯の丸高原鹿沢国民休暇村泊
 今回は高速道路を使わないと堅く心に誓っての出発。富士宮市から芝川町を経由、富士川左岸を下部町波高島まで走り、右岸に渡り52号線を韮崎に向かうのはいつも一般道で信州方面に向かう場合の決まったルートである。今回は韮崎から141号線で清里、野辺山を経て佐久へ出る。
 清里でちょうど昼となった。国道沿いにある町営駐車場に車を止め、途中で買い込んだコンビニ弁当をかき込む。駐車場脇の草むらではススキの穂が開き萩の花が可憐な赤い花をつけていた。その反対側は追い越し車線のある141号線で大型トラックがフルアクセルで登坂車線を走って行く。

 以前、佐久の141号線は千曲川を渡り片側2車線で岩村田駅の東側に続いていたが、なぜか車が多い上に信号もたくさんあり走りにくい道だった.。今は"跡部"から岩村田駅西側にバイパスができきわめて走りやすくなった。また、141号線から18号線に出る場合、佐久で142号線に入り農道やら、地元の生活道路を経て東小諸駅横の跨線橋を越える道もよく利用したが今はこのバイパスで18号線までもスムーズに行ける。
 
 18号線に出てからほんの少し西進したところで、気ままな思いが急に小諸市街地を走りたくなり旧道に入り、中央道小諸インター取り付け道路近くで20号線と合流した。小諸の町は昔とくらべて変貌を感じてなかったが、これはたまにしか来ないからそう思えるのであって、地元の方からは「何言ってるんだ」と叱られるかも知れない。
 
 18号線をしばらく西進し今年4月に東部町と北御牧村が合併し長野県では18番目の市になった東御市(とうみし)に入ってすぐ湯ノ丸高原方面へ行く東部嬬恋線(94号線)に進む。20号線から分かれてからの道はずっと登りで、自重2.8t、2700ccのエンジンではセカンドギアがやっとの道が続くが、刈り取り間近の黄色一面の田んぼの中の道はかえって安全に気持ちよく走れる。ただ、道の両側に並ぶ集落を通過するたびに、冬のスタッドレスタイヤによる運転は苦労しているのだろうと思われた。
 湯の丸高原を過ぎて唐松林が続く中をしばらく行くと峠を越え下り坂になりホッとするとまもなく右前方に鹿沢高原休暇村の建物が高台に見えてくる。ここはオートキャンプ場も併設されており、この日の目的地としていた所である。5,60台は収容できる駐車場には平日にもかかわらず、次々と宿泊客の車が入ってくる。駐車場横から沢を挟んだ山の斜面が高山植物の咲く自然園のようなっていて、中に木道が整備されている
 さっそく駐車場から10mほどの高低差がある宿泊施設の温泉に入る。宿泊客がいるにもかかわらず16時の時間のためか浴槽には初老とお見受けした御仁と私だけ。駐車場の車に残した犬の三太と、猫のミミのことが気に掛かり早々に上がり、宿泊施設前の芝生の庭にある椅子で体を冷やしながら妻が出てくるのを待ってからフロントへ行きキャンプ場の料金交渉を開始する。このシーズン人気のあるオートキャンプ場を除き、ほとんどのキャンプ場は閑散としている。

 民営キャンプ場ではこの状況を打開するためレギュラーシーズン料金や平日料金、あるいはシニア料金などの格安料金を設定しているところが徐々に増えている。シャワーは有料であり、トイレと水場の管理費、水道代、後は夜間照明の電気代くらいしか費用のかからないキャンプ場経営では夏休みやゴールデンウイークなどのハイシーズンと言われる期間の料金の半額でも損にはならないというわけである。
 鹿沢高原オートキャンプ場のこの日の利用客はゼロ、シーズン料金、割引料金設定はしていないという。パンフレットを見るとオートキャンプサイトは3500円+管理料大人一人400円。フリーテントサイトは1000円+管理料大人一人400円となっている。車を停めて寝るだけだからフリーテントサイト料金でどうかと言うと、フロントの女性は上司と相談しますと事務室へ消えた。まもなく中年の男性と一緒に現れ、その男性から「いいですよ」と一言。交渉成立でキャンプ場のトイレに一番近い場所に駐車。サイトは広葉樹と唐松林の中にあり、場内を楕円形に走る道路沿いに展開されている。オートキャンプサイトは各サイトに水道、流し、AC電源が供給されている。クマザサと沢がサイト間を適度に区切りなかなかの環境であり、見ようによっては熊が現れてもおかしくはない。ナラ、クヌギがドングリをたわわにつけときおり車の屋根や近くのトイレの屋根に落ちる。私たちしか居ない静寂そのもののサイトではその大きな音に時折驚かされた。
 夕食は佐久のジャスコで特販をやっていた石巻産のつみれと野菜を放り込んだ「つみれ鍋」。小缶ビール3本で気持ちよくなり20時就寝。

9月17日(鹿沢国民休暇村−嬬恋村−長野原町−六合村・尻焼温泉暮坂峠P泊)
 温泉情報などで河原から温泉がわき出し、広大な露天風呂状態になっているところを紹介しているが、今回のツーリングの目玉はその類の温泉の一つ群馬県六合村(くにむら)の尻焼温泉である。鹿沢高原を8時過ぎに出発し、嬬恋村から長野原町を経由し六合村に入る。
 嬬恋村というと高原に広がるキャベツ畑の印象が強いが長野原町も含め144号線沿いはチョットした渓谷と河岸段丘上に集落が続く山の中の道である。尻焼温泉には144号線をJR吾妻線長野原草津口駅前西方から292号線に入り白砂川沿いに進む。道は運転に緊張を伴うほど狭くはない。長野原から20km弱で長笹沢川にある尻焼温泉に到着する。温泉手前200m程、道路から見下ろせる所に未舗装で収容台数20台ほどの駐車場があり、7台の車が入っていた。駐車場一番奥には後部座席には布団、荷室には生活用品全般が積んであるワンボックスが陣取り、後ろのドアを屋根代わりにして読書中の男性の足下には七輪があり、湯気をはき出すヤカンがのっていた。
  聞くところによると周囲から丸見えの河原では男は丸裸が原則のようであり、私もそのつもりでタオル一本とデジカメを持ち川原に向かった。妻は今回のためにヤフーオークションで手に入れたフィットネス用の水着を着用したが川原では目のやりどころに困ったようである。

 幅30m、長さ20m程の河原は砂防堰が上下にありその間が温泉になっている。上の堰を越えてくる川水はなく、上下の堰の間から湧き出る温泉が源流のようになっている。ただし川が増水したときは川幅一杯の濁流が流れ、そこに温泉があるとは想像もできない光景になるそうである。身長182cmの私の背が立たないところから寝湯にちょうど良い所まで様々であるが、各人が好きなところに浸かっている風景は類人猿の露天浴を想像させる。

 川原には地元の人々専用の掘っ立て小屋の中にコンクリートでできた湯船があり、小屋内側壁際に小さな棚がある。ほとんどの人はここに衣類を置いているが、収容数はせいぜい7,8人分しかなく、ここが一杯になると後から来た人は河原で衣類を脱ぐことになる。妻は車中で水着に着替え、この小屋の中でズボンやシャツを脱いだが、我々より後に来た二人のご婦人は駐車場から水着姿で歩いてきた。

 色々なメディアの紹介では川原の湯は温かいところと冷たいところがあるとあったがこの日の水温は何処の部分でも適温で、背の立たない所でもつま先までが温かいことには大いに感激した。お湯が沸き出している所では熱くて踏み込めないところもあった。小学生の頃近くの川で泳いだことを思い出し、深いところで何往復か楽しんだが、なぜかそのようなことをするのは私一人だけだった。周りの山々はまだ青々としていたが、10月下旬ともなれば素晴らしい紅葉を楽しみながらの温泉三昧が楽しめるであろうことは間違いないと思え、是非とも再訪したいところである。

 泳いだり、川底に尻をおろし肩まで湯に浸かったり、所々顔を出している岩の上に腰掛け、体を冷やしたりいつまでいても飽きない野趣豊富な温泉で1時間ほど過ごしている間、車の中に置き去りにしたままの犬も猫も念頭になかった。
 すっかり火照り、軽くのぼせた状態で所々栗のイガが散乱している道を駐車場まで戻る間、同年配と思えるご夫婦とすれ違い、川原の状況について一言二言言葉を交わした。
 駐車場に戻り車中で少し遅めの昼食をとる。風呂上がりで腹がふくれれば必然的に眠くなる。温泉での疲れが出たのか二人共昼寝の時間になった。
 14時頃目を覚ますと、こちらが駐車したところと反対側の柵際に停めてあったワンボックス車の後ろドアが開き、夫婦と思われる二人が後ろ座席を倒して横になっていた。気にもしなかったが、犬の散歩のため駐車場上の道路を歩いていると、その車が駐車場から出てきた。向こうが頭を下げるのでこちらも反射的に頭を下げよく見ると、川原からの帰りに言葉を交わしたご夫婦で、沼津ナンバーであることに気がついた。
 静岡県東部のどこにお住まいの方だったのか想像を巡らしながら、あちこちにマーキングしている犬と一緒にしばらく歩いて車に戻ると妻も目を覚ましていた。この日の宿泊地は特に決め手はいなかったが、六合村にある道の駅を候補と考えていた。しかし、現地の駐車場は傾斜がありすぎてパーキング泊には不適、一段下にある町営の応徳温泉駐車場は未舗装ながら平坦で広かったがトイレは道の駅駐車場にしかないためここも断念。他の候補に挙げていたのが六合村から中之条町に至る55号線途中にある暮坂高原。ここには2カ所の民営オートキャンプ場があり、いずれかを目論んでいた。道の駅で手に入れた六合村の観光案内地図を見ているとこの高原の更に上に暮坂峠があり、そこには駐車場とトイレのマークが記されている。55号線で2カ所の民営オートキャンプ場入り口まで到着したが、営業している雰囲気は全く感じられず横目で見て通過し、暮坂峠を目指した。

 峠は1軒の小さな茶屋があり、台数で言えば百台は収容出来ようという2段になった広大な駐車場があり、上段の一番奥にトイレがあった。55号線からはこの駐車場は見えない。トイレの灯りをつけていれば駐車場の相当の範囲が明るく照らされる。これ以上の環境はないと即P泊(駐車場泊)を決定した。車を止めてしばらく周囲を散歩すると茶屋と55号線をはさんだ反対側、山の斜面になる唐松林の入り口に若山牧水の詩碑があった。碑文によればその昔牧水が草津に遊んだ帰り、現六合村の小雨経てこの峠を通り現中之条町に下ったとあり、牧水古道と名付けられた幅1,2mの山道が唐松林の奥へと続いていた。私は秋、唐松の葉が黄色に変わり、背景の常緑樹との対比を遠望する風景が好きである。軽井沢で作られたという白秋の「唐松の林をいでて、唐松の林に入りぬ・・・」の詩を読むと、何となく心が落ち着く。
 白秋のものではなかったが、大正9年から昭和3年に没するまで沼津市に住んだ高名な歌人・詩人である牧水の碑を見て、何か嬉しい気持ちになってしまったのは単純すぎるだろうか。
 駐車場横のハギやリンドウ、アキノキリンソウなどの花が見られる山を削った斜面沿いにぶらぶらしていると、1台の乗用車が私たちと同じ段に入る坂道を登り切った付近に停まって中から中年の男性が降り立ち、トイレに入っていった。

 用を足して出てきたこの男性、やけに親しげに声をかけてきた。曰く、「ここはP泊の穴場である」、「沼津ナンバーってどこだ?」、「結婚式で静岡に行ったことがある、遠かった」、「どういう経路で来たのか?」などとりとめもないことを喋って車に戻って行った。時を同じくするように茶屋も店を閉め店員が車で山道を下っていった。
 P泊の夕食メニューはキノコの炊き込みご飯。若干の乾き物が酒の肴。缶ビール2本がこの日も定量で、ご飯を食べている内に眠くなってくる。峠という立地のためTVが鮮明に映り、ニュースも見ることができる。山中のツーリンぐキャンプをしているとその期間全く世の中の情報から遠ざかることが多いにも関わらず不便も感じない。しかし、このようにTVでニュースなどの情報を得られたとき、妙に安心するのは俗世間から抜け切れていない証拠かも知れない。

 21時頃に就寝。ビールを飲むと夜中に2回は目が覚める。そのたびにトイレに行くのだが、床に寝ている犬の三太が散歩に連れて行ってもらえるものと思いこみ一緒に外へ出ようとするため仕方なく用を足した後しばらく暗闇の中を散歩する羽目になる。そしてこれが結局は寝不足の原因になり、翌日早めの就寝に結びつくことになるのだが、外へ出たがるそぶりでしっぽを振り、顔をじっと見られると連れ出さざるを得ない。
 暗闇の中、空を見上げると今まで見たこともない見事な星空が広がっていた。オリオン座も顔を出し冬の到来を告げ、ミルキーウェイも天空に大きなうねりを見せている。息をのむような光景にしばらく見とれていた間、三太も私の顔と空を交互に見上げていた。これからの秋から冬天体望遠鏡を持って行けば一晩中飽きることなく過ごせる場所であることは間違いない。



 ****************************************** ここから2泊3日のAls−netキャンプ大会の模様 ***********************************
    

9月18日(暮坂峠−北軽井沢スイートグラスキャンプ場泊)
 6時30分起床、晴天。駐車場には現場に向かうと思われる建設機械を積んだトラックが1台。この場所からの眺めは連なる山のみであり、眺望を楽しむことは出来ないが小鳥の鳴き声が沢山聞こえる。また、その楽しみを奪うかのようにカラスのだみ声も混じる。
 朝食は昨晩の炊き込みご飯の残りですます。キャンプで連泊する場合前夜の残りが朝食になることが多いが、これはこれで朝食の支度が省け、その日の行動が早めに開始できる利点がある。
 
 私はこの日から2泊3日のインターネットでオートキャンプ情報を提供しているAls-netのイベントスタッフとして活動することになっている。
 暮坂峠からイベント会場の北軽井沢スイートグラスキャンプ場まではゆっくり走って約40分の道のりである。
 走行しているときは気づかなかったが、スイートグラスキャンプ場に着いてから車を降りると何か細かなものが肌に当たる。また、背景が黒っぽいところでは雪のようなものが時折降ってくるのが見える。しばらくはこれが浅間山からの火山灰であることに気づかなかった。

 参加者の受付を始める前にまず買い物をしておこうと車で3分ほどの栗りの木プラザ内にあるスーパーに買い物に向かったが開店は10時で30分ほど駐車場で待つことになった。このスーパーは規模も大きく食品であれば何でも手に入り便利である。
 イベント参加者の受付をしている間もテーブルの上には間断なく灰が降り続けていた。もちろん車にも灰は降りつもり、フロントガラス下部のゴムとの境目にはみるみるうちに灰が積もっていくのがわかるほどだった。。
 キャンプ場オーナーの福島さんによると9月1日の噴火以来ずっと北軽井沢と異なる方向に風が吹いていたため、この日が初めての降灰であり、天候が下り坂に向かうとき北軽井沢方向に風が吹くとのことであった。

 イベントはスイートグラスキャンプ場開場10周年記念行事として開始され、Als−netの参加者20パーティと、共催クラブであるNACC(日本オートキャンピングクラブ)40パーティ、それに一般のキャンプ場利用者で大いににぎわっていた。
  夜は参加者の持ち寄りパーティを計画していたが天気が下り坂と言うことで急遽中止し、めいめいのキャンプサイトで食べることになった。
 スイートグラスキャンプ場は100サイト以上ある大型のキャンプ場で、民営では全国トップクラスの設備とサービス運営を行っている。ただ、今回のイベントのような場合参加者が広い範囲に設営するため連絡やパーティ同士の交流がむずしくなるのが難点である。しかし、個人で利用する場合は何の障壁にもならない。

 私のサイト後ろはAls−netに応募した町田から来られたI氏、横は大津市から参加されたM氏だった。サイト設営を終了したI氏がなにやら鯉のぼりのパイプのようなものを持ち出したので何の仕掛けか尋ねるとアマチュア無線のアンテナをこれから立てるところで、コールサインがJA4○△◇であることが判明。こちらも一応JH2のコールサイン持ちであることを話していたら、ナントM氏もJA3の免許持ちであった。
 夜になり、屋根付きのイベント会場では生バンドが懐かしのフォークソングを演奏しており、缶ビール片手にしばし聴衆の仲間に入り、一緒に声を張り上げて楽しんだ後車に戻るとI氏とM氏が一杯やりながら歓談の最中、早速一升瓶持参でI氏のドーム式タープの中に乱入した。ここでI氏は鳥取県出身であることを知った。M氏の関西系のノリの良い会話にも魅了され、差しつ差されつ夜は更け11時、気づけば回りは静寂そのもので かなりの迷惑をかけるマナー違反をしてしまった。
                                                              

 9月19日(北軽井沢スイートグラスキャンプ場泊)
 前日降り続いた火山灰はなくなったが、福島さんの天気予報通り、夜に降った雨でテントも、タープも、車も見るも無惨な模様になってしまった。青空の下には噴火がおさまった浅間山がくっきり姿を現し、ときおり蒸気を空高く噴き上げていたが、後の20日までまったく噴火することはなかった。 しかし、朝露にぬれた芝生を歩くと靴も白くなり、サンダルではたちまち足がざらついて歩きにくいことこの上ない状況だった。
 イベントはこの日がメインで、ロデオマシーン、ポニー乗馬、バター作りなどが催され子供達に大人気だった。 

 私たちは車の回りをウロウロしたり椅子の上でうたた寝をしたり、サイドウォーニングに積った灰を箒で落としたりのマイペースで時を過ごした。
 この日は前夜中止になった持ち寄りパーティを行うことになったため昨日と同じスーパーに食料を買い出しに向かい、持ち寄りメニューは焼き鳥に決め、鶏肉、ネギ、串、タレなどと酒のつまみを買い込んだ。スーパーの敷地内には焼きたてパンを売る店があったり、国道からキャンプ場方向へ入る道の角には地元の農産物を格安に売る店がありキャンパーにも人気を博している。このときの目玉は各1個50円の白菜とキャベツであった。

 福島さんから夜、鬼押し出しの方にある火山博物館まで行くと噴出する水蒸気がマグマの明かりで照らされる火映現象が見られると教えられていたが、持ち寄りパーティがはじまり、空も真っ暗になってくるとキャンプ場からも浅間山の頂上付近が何回も赤くなるのが見られ、キャンパーも食事の手を休め見とれていた。(写真:降灰の様子)
 この夜の生演奏は「天才ばーぼんず」。 知る人ぞ知るカントリーバンド。
 聞きながら、食べながら、NACC提供のワイン36本もあっという間に全て空瓶になり楽しい持ち寄りパーティが進行した。 
 Als−netグループも舞台上のバンドを正面に見ることができる場所に陣取り、お互いの自慢料理を交換したりしてパーティを楽しんでいた。
 バンド演奏終了が全体パーティ終了の合図で、その後はAls−net参加者のS&TさんNさん、ネット代表の高橋氏、私と同じスタッフの石川氏、私でテーブルを移動し歓談。
 このS&Tさんは芋焼酎を燗づけして飲んでいたところを見るとなかなかのつかい手とお見受けした。
 話も大いに弾み、Als−netの次回イベントは来年2月に富士五湖で耐寒キャンプを実施する案など出され盛り上がっていたが22時には解散した。

 (左浅間山、上の小サイズ4枚の写真:・Als−net代表高橋氏撮影、Als−netホームページより) 



9月20日(北軽井沢スイートグラスキャンプ場−長野原町-六合村−草津−志賀草津道路−熊ノ湯−笠ケ岳−山田牧場高山村チャオルの森P泊)
 3連休の最終日、Als−netのイベントも最終日である。10時からスイートグラスキャンプ場開場10周年の閉会式があり、ラストイベントとしてオークションとビンゴが行われた。オークションの目玉は浅間山麓でとれた松茸で、市販品なら1万円以上するであろう代物が2500円で競り落とされていた。またスイートグラスキャンプ場の年間フリーパスに2万円の声がかかりどよめきがおこっていた。
 ビンゴの賞品は軽井沢にあるスキー場の1日券3枚などが提供され、3列揃ってビンゴという変則ルールで行われいつもながらのビンゴ退会風景が展開された。
 これらのイベント実施中にも早めに撤収する遠方からの参加者がいて、今回のイベントで知り合った方々に挨拶し開場を後にして行った。12時頃に全てのセレモニーが終了し、私たちも撤収作業を進め、参加者の皆さんを見送った後スイートグラスキャンプ場を出発した。 


ツーリング再開

 17日に入った尻焼温泉への願望が強かったが、休日のそこは混雑著しいと六合村で立ち寄った商店の奥さんから言われ断念し、同村の道の駅にあった応徳温泉に入ることにした。この温泉は同じ六合村に有りながら白く濁っている。尻焼温泉でもかすかに硫黄臭はしていたが、ここは浴室に足を踏み入れた瞬間に硫黄臭がが全身を包み込む。浴槽のみで露天風呂はないが白濁していると何となくありがたみが増幅する。もっともこの感覚が入浴剤混入の温泉問題に結びついた一種のユーザー責任にもなるのだろう。
 風呂場から駐車場の車内に残してきた三太が吠え続けているのが聞こえゆっくり入っているわけににも行かず、入浴も早々に切り上げ車に戻る。

 普段自我が強いくせに私や妻の姿が見えなくなるとヒーヒーと鼻声を出し、あげくは最後に私達の姿が見えた方向に向かって吠え続ける。ある意味では可愛いといえる行動なのだが、車から離れ入浴や見物に行くときは迷惑と思える。従って、犬や猫が同乗するとどうしても車を離れての行動が少なくなる。
 応徳温泉を後にしたが、この日の行き先は全く決めていない。とりあえず草津・白根・志賀高原に向かう。草津の町並みはは車窓から眺めただけ、西の河原駐車場は満車状態で、あわよくば尻焼温泉に続いての川原浴願望も一挙にしぼみ通過した。

 草津、白根ルートは葛折りの道が続く、ツーリング初日と同様セカンドギア多様の道中となる。白根では湯釜ものぞき見してみたかったが、リフト利用も駐車場からの徒歩にしても亜硫酸ガス漂う中、犬猫に情が移り火口に群れる人の姿を遠望しただけで通過。妻は過去に来たことがあると湯釜見物にはさして強い興味も示さなかった。
 草津方面から白根山をぐるりと半周した形になる長野県境間近の所に駐車場があり、写真の一枚も撮っておこうと小休止。犬は犬で散歩ができると思いこみ真っ先に車から降りようとする。セルフタイマーで写真を撮ろうとしても全くお構いなしである。この駐車場からほんの少しのところで国道高所第一位、海抜2152mの渋峠を越える。表富士山スカイラインの新五合目は2400mであるがこれは国道ではない。
 渋峠から程なく横手山スキー場横に出る。山頂のヒュッテは日本一高い(場所が)パン屋さんで有名なところでもある。ここからが志賀高原のはじまりで、木戸池、丸池、ブナ平、ジャイアント、東西の館山、寺子屋、市ノ瀬、焼額などスキー場へはこの志賀草津道路(292号線)から奥志賀公園線(471号線)に入っていく。

 半袖では寒く感じる高原の道路は休日とあって志賀方向からの車が多い。所々で紅葉がはじまっていて目も楽しい。熊ノ湯スキー場を過ぎて間もないところで山田牧場方向を示す標識を目にした。このまま山ノ内町へ下っても面白みがないと思いながら運転してたところでこの標識の出現は大いに興味をそそられ、数百メートル通過したところでUターンした。この道は海抜2076mの笠ヶ岳直下を通過しスキー場としての歴史も古い山田牧場内を経て須坂市に至る66号線である。

 笠ヶ岳にかけてしばらく登りになるが、笠ヶ岳キャンプ場入り口を通過すると連続して下り坂になる。所々すれ違いが不可能な道幅もあるがゆっくり走れば全く不安はない。後ろからも前からも全く車の来ない中景色を楽しみながらゆっくり下っていく。周りは唐松や広葉樹が混じった森で、道沿いはクマザサが続く。道路に牛の糞が目立ち始めて程なく山田牧場の看板が見えてくる。この牧場はいわゆる個人の牧場でなく、組合で運営する公共育成牧場であるが、道中で牛の姿を見ることはなかった。山田牧場内にはキャンプ場もあるが、道から見えたそこの施設は見るまでもなく営業期間は終わったことを示しており、ましてや山中で一台だけのキャンプをする気もなく通過した。このキャンプ場から近いところに奥山田温泉があるがどの宿泊施設も真夏の自然を満喫する避暑地とスキーシーズンなら相応の賑わいもあるのだろうが、今は閑散とし建物内に電灯の明かりがなければ休業中ではないかと思える雰囲気である。

 奥山田温泉から66号線が小布施と須坂に向かう351号線へと別れる地点にある山田温泉の間にはいくつかの日帰り温泉があり、どこの駐車場も満車状態であった全てに立ち寄りたい気持ちを抑え、徐々に人里に近づいているのを感じる道を下る。黄金色の表現が大げさに思えない水田、白壁の趣のある家々が道路沿いに多くなって来たところで、You遊ランドの標識が頭上を通過した。(写真右:白根山の裏側にて)

 名前から民営の遊園地かと思ったが道路右に広がる建物群はやや印象が異なる。二つめの同じ標識があったところで右折すると。ラベンダーが咲く丘の途中に駐車場とトイレがある。水洗で個室は洋式の清潔なトイレ横の看板には「チャオルの森」と記された案内看板。広大な敷地に保健福祉施設が集中しており。駐車場下ではかなりの規模の建物を建設中であった。ラベンダー園の奥には噴水広場、マレットゴルフ場、遊歩道がつづき、各所にベンチも設置されピクニックに来るには最適の施設である。

 駐車場に車を入れ、建設現場で作業をしていた人もいなくなり、外灯に灯がともり、夕食も終わり久しぶりに鮮明に映し出されるTV画面に二人で見入っていると、1台の車が勢いよく駐車場に飛び込んできた。何事と息を殺していると「ガラガラドシャン」をシャッターを閉める音がした。ここのトイレは夜間は扉を閉めて使用できなくなることをこのとき初めて知った。夜間使用できないことは何処にも説明書きされておらず、妻と顔を見合わせたが、ビールも入り場所を移動することもできず、そのまま留まらざるを得なかった。時に21時30分。
 私は夜中に我慢ができず2回ほど目を覚まし、駐車場横を走っている道路沿いの草むらに失礼して用を足した。妻は車の中にあるトイレも使わず朝までがんばっていたが、8時半少し前にシャッターを開けに来たときは待ってましたとばかりトイレに駆け込んだ。

 「チャオルの森」イコールYou遊ランドと思っていたが、散歩をしていた地元の方に尋ねるとYou遊ランドはチャオルの森を少し下った所にある温泉施設であると教えられ、時計を見てさらに「10時からだよ」と付け加えてくれた。
 温泉施設と聞いて大いに興味をそそられたが、その時間まで留まることは後の予定が窮屈になる、帰宅後高山村のホームページを見ると温泉が豊富で四季折々の見所が多く、私の好きな一本桜の銘木もあり、春と秋には今後何回かこの地を訪れようと心に誓って駐車場を出発した。
(写真左:チャオルの森にて)



9月21日
(高山村−須坂市
−大笹街道−峰の原−菅平−真田町−上田市−丸子町−鹿教湯温泉−長門町−白樺湖−原村−小淵沢町−明野村ふれあいの里キャンプ場泊)
 高山村から須坂市街に入り406号線を東に辿れば長野市街に向かうが、これまでの経路がほとんど山道であったので、更にそれを続けようと406号線を南進し菅平を目指すことにした。別名大笹街道と呼ばれるこの道は登坂車線が各所にあり、のんびり走っても他車に迷惑をかけることは少ない。途中何カ所かの温泉地もあり、はしご湯を楽しむこともできそうである。菅平直下からの登りはさすがに急坂で何回かのヘアピンをクリアしてから菅平高原に入る。菅平高原スキー場を遠望しながら、夏はラグビーの合宿でにぎわうグランドの間を快調に走る。この時期スキー場下部はまだ農作物が栽培されており、スキーシーズン前ののどかな景色を見ることができた。

 菅平高原、ダボス両スキー場は高所にあることから寒さが厳しそうで未だ利用したことはないが、高原全体の雰囲気から一度は滑ってみたい思いが胸をよぎった。また、ここへのアプローチはかなり急な登り道との印象が強かったが、真田からのそれはさほどでないことが判明した。
 水が殆ど無くなっている菅平湖を左に見て、左嬬恋、長野原の表示がある三叉路から144号線に分かれる。今日は平日、左に行けば六合村にも近い、再度尻焼温泉への意識も瞬間的に去来したが、そこは紅葉のシーズンに譲ることにした。

 山道と言うより山里の道と言った方がぴったりの片側は山、片側は水田の道を下りきり、真田の町に入った。戦国から徳川時代、数奇な運命を辿った真田一族発祥の地であり、上田城物語などワクワクしながら読み、挙げ句の果てに息子に「信幸」と名前を付けた私にとっては素通りできない土地である。
 真田氏発祥の地の表示がある信号を左折し、真田本城跡、真田御屋敷公園方向へ向かう。菅平から下ってくる途中この交差点の手前2km程の所に真田と表示された交差点からも御屋敷公園に来ることもできるが、いずれの交差点からもほぼ等距離である。

 御屋敷公園駐車場には7、8台が駐車していた。駐車場から数メートル上の段はゲートボール場になっている。時を同じくするように駐車場に入った車からスティックを持った親子連れが降りてきた。公園からは真田・上田の街が見下ろせ、当時は周囲の建物もなかったであろう松の木、岩石が配置された小高い地は往時の風景に思いを馳せるに恰好の場所である。
 駐車場の車が御屋敷公園見学の車だとばかり思っていたが実はこれらは全てゲートボール組のものと判明するのに時間はかからなかった。
 駐車場から5、60m離れた真田氏歴史館入りに前に立つが、木戸が閉まっている。押せば開くだろうと思い試すも微動だにしない。おかしいなと入り口横にあった案内板を見ると「休館日:火曜日」とある。しかたなく木戸に続く塀越しに中をのぞいても内部建物の窓や壁しか見えずがっかりすることきわまりない。

 事前リサーチをしないで行動する自らの責任と思いを新たにし、元来た田んぼの中の道を144号線に戻り、途中から上田の街をバイパスし大屋から丸子へと向かう。中学生の頃父と訪れたこの地も当時の記憶と合致する風景はなく依田川、古町の地名に思い当たるのみだった。
 この方向に車を進めた理由は鹿教湯温泉を楽しむためで目的とするのは「かけゆクアハウス」。鹿教湯温泉へは大屋から丸子へ白樺湖へ向かう152号線を走るが途中で有料の三才山トンネルを経て松本へ向かう254号線へ進行する。里山の風景が楽しい道を走り、浴衣に下駄で通りを歩く姿が似合いそうな湯治場の雰囲気一杯の町並みを経て鹿教湯病院裏手にあるクアハウスに到着すると駐車場には一台の車もない。取りあえず車を止め入り口に向かうと自動ドアのガラスの向こうに白地の板に赤い文字で「休業日」とかかれた看板が立てかけてある。真田町に続きここでも嫌われてしまったが、誰にも文句を言えない。

 鹿教湯は小さな温泉かと思っていたが、宿も30軒ほどあり、街の範囲が狭いことと相俟って賑わいを感じるところである。
 一方、こちらも休業日にめげてばかりはいられない、来た以上は湯に入りたい。外湯が2箇所あるようだが最初に進入した道の細さと、駐車スペースの有無が不明であることから、温泉街を眼下に望むように建っている「かんぽの湯」に向かった。ここでも犬、猫を車に残し入浴料500円で温泉を楽しんだ。

 入浴後ちょうど正午を過ぎたが、何故か空腹感がない。鹿教湯を後にして元来た道を152号線の分岐まで戻る。その間に妻だけ走行中の車内で昼食をとる。152線に戻ったところで白樺湖方面に向かう。この道は白樺湖手前で大門峠を越えるが、峠手前にブランシュ高山スキー場、エコバレースキー場、姫木平スキー場などがある。長門町役場付近で道は立科町方向からの142号線と合体するがすぐに142号線は和田峠を経て諏訪に向かって分かれる。高度を増すにつれ山々の森は白樺が多くなり、道とつかず離れず大門川の渓流が目を楽しませてくれる。姫木平には国道に沿ってキャンプ場があるがご多分にもれず夏を過ぎた時期では人のいる気配がない。
 時間からして、夕刻遅くにはなるが自宅へ帰れる状況であったが、最後のキャンプをどこかで行う腹づもりに変わりはなかった。白樺湖周辺に何カ所かのキャンプ場があることは把握していたが、湖南端の駐車スペースに車を止め妻と相談し、結論は今にも降り出しそうな空模様も加わってもう少し下ろうということになり茅野へ向かって走り出した。

 152号線は茅野市街に向かう途中の「北山」というところでそれまで南下していたのが西へ方向を転ずる。私の住む隣の市にも北山なる地名があり、北山小学校も同様に両地にあることから昔から車山スキー場や白樺湖周辺のスキー場に行くときにいつも親しみを感じていた所である。この北山で152号線は蓼科方面から来る299号線とぶつかる。スキーを楽しんだあとはは152号線を進み茅野の街に出て諏訪インターを利用していただが、最近は北山の交差点を直進し、整備された広域農道を原村、小淵沢を経て須玉、韮崎まで走ることにしている。この道は中央高速の北側を走っているが、農道とは言え道幅十分な立派な道路であり、畑地の中を走っているため運転も楽である。

 広域農道を走り始めた時点で、カーラジオでは静岡県東部伊豆地方に大雨洪水警報が発令されたと伝えていたが、この日の宿泊は山梨県明野村にある「明野ふれあいの里キャンプ場」に決めていた。キャンプ場西側には東大宇宙研究所のアンテナ群がある。キャンプ場は赤松林に囲まれ、階段状に配置されたサイトを含めキャンプ場全体が芝生に覆われている。AC電源も全てのサイトに供給されており清潔さが売りである。管理事務所に向かうと中年の男性が地元の若者とおぼしき人物と雑談中であった。季節割引、平日割引は無く、公営でもありいかにも融通の利かなそうな管理人にいくら交渉しても無駄と判断し正規の料金を支払って入場した。

 キャンプ場一番奥に夫婦とおぼしき男女のワンボックス車タイプのキャンピングカーが1台。トイレと水場に一番近いサイトに入ったこちらからは林越えに向こうの車の屋根がかすかに見えるだけでお互い自分たちだけがキャンプ場にいるように感じられる。
 ツーリング最後の夜はサトウのご飯とボンカレー。犬はだいぶ疲労が蓄積している様子で、三太には食欲がない。普段は寝ている昼間に車で揺られずっと助手席で座ったり、立ったり落ち着かない毎日をすごして来たため睡眠不足であることは間違いない、その反面猫の方は図太いというか鈍感というか、走行中でも爆睡を続けていた。

(写真:明野ふれあいの里キャンプ場にて) 

9月22日
 
ツーリング最後の朝は遅めに起床し、ゆっくり過ごした。
 パンと牛乳の朝食、歯磨き、前夜の分と合わせての食器洗いをして9時過ぎに出発。途中山梨県フラワーセンタ近くにあったコスモス畑の眺めを楽しんだり、写真を撮ったりしながら141号線に向かい往路を辿り帰宅した。

  走行距離664km、山道が多くて燃費が悪く給油回数2回。有料道路利用無し。再訪したい所の多かったツーリングであった。