2004年12月 伊豆市修善寺:ポマトランドキャンプ場

 2004年9月にAls-netというオートキャンプ情報提供サイトを運営する会社のキャンプ大会が、北軽井沢スイートグラスキャンプ場で行われた。
 若干この会社と縁がある関係から私も大会に参加した。おりしも浅間山が噴火している最中で、迫力ある火山を望むキャンプを体験した。
 この催しに参加された皆さんから、是非今後も同様の催しを続けたいとの希望が出され、次回はPICA西湖で「耐寒体験キャンプ」をやろうと言うことになった。
 冬季最低気温マイナス10℃以下を記録する西湖でいきなり「耐寒」といっても厳しかろうと、馴らしキャンプとして温泉付キャンプ場のKOA伊豆ポマトランドで「プレ耐寒キャンプ」をしましょうと提案した。
 しかし、年末と言うこともあり、スケジュール調整不可能との回答が次々に返ってきて、結局ミウラ氏と私の2パーティだけで行うことになった。

 耐寒と銘打ったものの、自然は思い通りに環境を提供してくれない。ポマトランドはこれでも12月かと言いたくなるほどの暖かさ。受付をすませ車に戻ろうと歩いている後ろから「こんなところでナニうろうろしてんダヨ」と言われ、振り向くとガルヴィでおなじみの「ゲンさん」が運転席の窓から顔を出していた。
 予約済みのサイトではすでにミウラさんが設営済み。でもファミリーの姿は見えず、温泉に行ったと判断、私たちも車を止めただけで温泉に直行。ロビーで歓談中のゲンさんとポマトランドオーナーの山田さんを横目に浴場へ入ると、ミウラさんがシャンプー中でまずは挨拶。

 小生は、昨晩行われた職場の忘年会で日付変更線を越えての泥船航海が原因で、頭の中は濃霧がたちこめ、胃袋は高波にもまれている状態であったが、風呂に浸かれば回復するだろうと思って湯船に入るも状態は一向に回復せず、かえって悪化するのを実感。汗を流せば何とかなるだろうと入ったサウナもさらに悪化させるだけで、息も絶え絶えになって車に戻り、ミウラさんに自爆的TKO宣言。

 ゲンさんもサイトに戻って来られ、しばし雑談していたものの、19時にはどうにも我慢できず車の中に轟沈。
 ミウラウラさんはロッジ型シェルターに石油コンロ持参と「寒波」対策はばっちりだったが、シュラフに潜らず、封筒型のジッパーを開き掛け布団的使用でも暑いくらいの気温では文字通り肩すかしの夜に、ゲンさんと夜半2時頃までキャンプ談義に花が咲いたと翌朝伺った。

 実はミウラさんとはニフティサーブがDOS環境のパソコン通信と呼ばれたBBSを展開していた頃のキャンプフォーラムで知り合った方で、年数だけで言えば10年以上のお付き合いになる。
 ニフティサーブのFCAMPも気の合う固定メンバーが書き込みを行い、結果として閉鎖的な色彩を生み、やがて新鮮味を感じなくなりかなり早い時期に閲覧をしなくなり、ミウラさんとも疎遠になっていたが、Als-netで再会したわけで、お会いした当初は軽四だったのが、ヨコハマのキャンピングカーに転身し、最近排ガス規制によりZilに乗り換えたベテランキャンパーである。

 飲み会はだいたい金曜日の夜、キャンプは土日で金曜日に羽目を外すと今回のようになるのを過去何回も経験しているのに、全く学習能力のない自分に少々嫌気を「体感」したポマトランドであった。

    
ミウラさんのZilと家型シェルターとなんにも設営しなかった私。後のとんがり屋根が温泉「へそ湯」

  
キャンピングカーとバンガローをバックに柳の芽2題

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