甲斐路の桜探訪
2005年4月 

野山に咲く一本桜、孤高の桜に惹かれ、日本三大桜と言われる岐阜根尾谷の薄墨桜、福島三春の瀧桜、山梨武川の神代桜を1年1カ所で訪ねた。
いずれも、観光バスツアーなどの目的地になっているところであるが、キャンピングカーでの旅では早朝、夕刻、夜間の人出が少ない時間に訪れることが可能になる。

昨年は神代桜を楽しんだ帰り道に偶然見つけた桜が山梨県韮崎の「鰐塚の桜」であることを知った。水田の中に堂々と立つその姿が気に入り今年も訪ねた。
 そもそも今年からは名もなく訪れる人も少ないであろう一本桜の探訪をしたいと考えていたが、一つだけ最近注目を集め始めている小淵沢の神田(しんでん)の大糸桜を予定に入れていた。

 鰐塚の桜は時期的に満開をとおに過ぎ、葉が目につく状態であったがその威風は少しも遜色なく、吹く風に花びらを散らしていた。周囲の水田は耕耘され間もなく水が満たされ、葉桜になった桜の大樹が水面に写り、夕暮れと共にカエルの合唱につつまれていく風情に思いを馳せながらしばし無言で眺めていた。
 
 その後、桜から7,80m離れた駐車場横の農道に腰を下ろし、桜を遠望しながら家から持参したおにぎりの昼食をとり、次の目的地である小淵沢を目指した。

 鰐塚の桜を訪ねるには、国道20号線とほぼ平行して釜無川を挟んだ南側の県道を走る。この道は西進すると国道が穴山橋で釜無川の左岸に渡って間もないところで合流する。
 
 20号線で神代桜がある武川の実相寺を案内する看板の立つ三叉路で大型バスが前方に出てきた。このバスも小淵沢に向かうのなら、のろのろでずっと後をついて行かなければならないと憂鬱になったが、白州のサントリーウイスキー博物館入り口方向へ曲がってくれた。
小淵沢へはここから2,300m進んだ所で右折する。
 韮崎から釜無川北側には垂直に立ち上がる段丘が延々と続き、7里が岩と呼ばれている。国道20号から小淵沢に向かうにはこの段差を攻略しなければならない。そのまま進めば旧小淵沢役場に至るこの道は釜無川を右岸に渡ってすぐにループ橋を駆け上がる。
 
 道は間もなく県道長坂小淵沢線と呼ばれれる608号線との交差点に出る。ここを右折して1km少し東進するとイトザクラの案内看板がある。駐車場が桜を囲むように500mほど離れて4カ所設置されており、私たちは北西側の駐車場に入った。

 家が点在する神田地区は畑や水田が広がる丘陵にあり、桜の花が終わった後は静かで平穏な地であろう事が容易に想像されるのどかな風情が広がっていた。駐車場の車に猫を残し、犬を連れて桜を目指した。集落の普通車のすれ違いもままならない道の辻々にはガードマンが立ち一般車は進入禁止の措置がとられている。桜の近くに農機具置き場のような建物があり、ここで地酒などを扱う売店ただ一軒有あるだけで、ほとんど地元にお金が落ちないであろう状況で庭先を覗き歩く見物客はこの集落に住む人々にとって迷惑千万かも知れない。
 
 犬を連れた迷惑な内の私たちも桜を目指す。集落を過ぎ視界が開けると見物客に取り巻かれる桜を遠くに見つけた。桜から南に100m程離れた所を中央線の列車が通過していく。
 
 桜の大樹をカメラで切り取ろうとする愛好者が近年冨に多くなっている。この地でも桜の周囲は高級一眼レフカメラを構える人々がいた。
三春の滝では立ち入りが許可されている通路で桜に近寄り花をよく見ようとするお年寄りに向かって、カメラを構えていた中年男のグループが「邪魔だからどけ」と怒鳴る光景を目にした。私たちも昨年の鰐塚で八ヶ岳をバックにした構図で撮影しようとしていた男女の中年グループに「どいてくれ」と言われた経験を持つ。
  三大桜と比べても遜色のない見事な桜にしては見物人の数は少ないと見て良いだろう。この程度の人出でこれからもあって欲しいと思うのは単なる我が儘かも知れないが、田の中に凛として立つこの桜は誰もがそんな思いを抱くと思う。
 桜の周りをぐるりと回った後、二人で用水路の縁に腰を下ろし暖かい日差しの中ずっと桜を眺めていた。

 枝振りは見る方向で大きく異なり、遠望した写真のように北側からがもっとも横に広く見える。
 開花は6分咲き程度であったが、雄々しい幹にそよと咲く花をつける姿にサムライを感じるのは私だけだろうか。
 大げさに言えば桜には「大和」を感じる。日本人の心底は強く優しいと思う。その象徴が桜ではないだろうか。桜咲く野山がそれを形づくってきたのかも知れない。
 2人ともほとんど無言で2、30分ほど眺めていただろうか、離れがたい気持ち、満開の姿を見てみたい気持ち、次の孤高の桜に期待する気持ちを抱きつつ猫の待つ車に戻ることにした。
 今回の旅で鰐淵の桜と、神田の大糸桜は計画どおりであったが、それから先は全く白紙で、次なる一本桜を探すには「ふらふら・ぷらぷら」走りながら通りすがりの情報(早い話が看板)や目に頼る以外方法はない。
  そこで、県道長坂小淵沢線を東進することにした。長坂町に入るとなにやら小さな祠のような小屋の脇にそびえる一本桜が目に入った。この桜もまた田んぼの中の小島のような場所に立っていた。見た目にこれといった手入れもされていないようだが、今を盛りに咲いていた。次にこの桜と県道を挟んだ遙か南の方向に見えた桜を目指した。この界隈の家々の庭には必ずと言って良いくらい桜がある。

 田んぼの中の小島から見えた桜は泉龍寺という寺の境内に咲く桜で、本道横に枝垂れ桜、その横にソメイヨシノが一本ずつ咲き、山門に続く道にはソメイヨシノが並び立っていた。境内のゲートボール場にあったベンチに座り、上部が満開、だいぶ散ってしまった下部と二つの様相を示す枝垂れ桜に見入っていた。
 誰もいない田んぼの中の小島、寺の境内と桜咲く景色を私たちだけで静かに楽しめる時間がゆっくりと過ぎて行く、先を急がない旅故の贅沢を存分味わったところで時計は15時30分を示していた。
 この時刻で長坂町からなら自宅には18時〜19時の間に帰着できるが、まだ翌日に甲斐路の一本桜を探すつもりである。自宅周辺の桜は既に葉桜になっている。
 長坂からさらに東進すると旧大泉村に入った。
 韮崎から佐久へ抜ける国道141号線は数え切れないほど走っているが八ヶ岳南麓の大泉村はかつて一度も足を踏み入れたことがなかった。
 まずは林業休養センターなる施設が小海線大泉駅近くにあるのをカーナビで見つけた。名称から駐車場があるに違いないと当たりをつけ向かうことにした。
 しかし、地図上では到着しているであろう林業休養センターが車窓からは確認できないかわりにパノラマの湯なる大きな建物を見つけた。
 温泉の二文字を確認すれば入らないわけにはい。村外者700円、村民300円、村内別荘地利用者450円とあり、泉質表示には泉温50℃以上、毎分湧出量170リットル以上とあった。
 
 露天風呂、内風呂両方で体の芯まで暖まった体で車内に戻り今夜の寝場所を探すことにした。本当はこの温泉施設の駐車場でと考え、受付にいたおじさんに許しを請うたところあっさり「そりゃだめだ」と言われた結果のさらなる寝場所探索行動であったのが本当のところで、温泉から来た道をほんの200mほど戻ったところに来たときには気づかなかった北杜市営無料駐車場の看板を見つけた。傾斜はなくキャンピングカーで泊まるには格好の場所で迷わず車を止めた。

 寝る場所が確保できたところで、まだ明るい時間に犬の散歩がてら周辺を散歩すると、大泉駅西側に同じく無料の市営駐車場を見つけた。先に入った駐車場は不動産屋さんの建物直下にあったが、こちらの駐車場は後ろが駅のホームであり、トイレもすぐ横にある。条件としてはこちらの方が上とすぐさま車に戻り移動した。発車ベルや案内など全く流れず、ジーゼルエンジンの音も静かな緑と薄黄緑のツートンカラーの洒落たデザインの列車が、上り下りが1時間に各1本程度やって来るがほんの一握りの乗降客しかいないのどかな駅の駐車場で夜を明かすことにした。

 夕食は玉うどんを茹で、その上にレトルトの「カレーうどんのカレー」をかけただけの簡単なもの、それを肴に途中のコンビニで購入したカロリーオフのチューハイを飲んでいると突如として雷鳴がとどろいた。雨にしては屋根を打つ音が大きいと開けた窓から手を差し出すと手の平で雹がはねた。1時間ほどで雷鳴も遠のき再び静寂が訪れるとと、次には眠気が訪れることになり20時30分にはシュラフの中に入った。

 車内では猫は妻のシュラフに潜り込み、犬は床に寝るのが常だが、この世は冷え込んだこともあり、妻はシュラフの首周りをしっかり閉めて寝込んでおり、何かの拍子に外へ出た猫は中へ入りたいと私の耳元でなきつづけ、犬は犬で寝心地が悪いのか起きたり、寝たりごそごそしてばかりで、私の眠りは浅かった。朝7時頃トイレに起きた妻は、シュラフに戻らず犬と一緒に駐車場周辺の散歩に向かった様子を半分睡眠状態で感じ取っていた。

 私は8時半に起床。朝の散歩の時は周辺は霜で真っ白だったと妻が言った。
 深夜起きたときは私たちの他は何時入ってきたのか不明な山梨ナンバーのRVが一台だけだったが、朝には湘南ナンバーの男一人が乗った車と、早い時間に列車を利用したのか無人の軽トラック1台の4台が駐車場にいた。道の駅などでのパーキングキャンプでは、近くに止まった車のアイドリング音に悩まされるが、山梨ナンバーはエンジンを停止しており、そのため夜中にでも気づかなかったわけだが、湘南ナンバーはエンジンをかけたまま、駅前の観光案内看板を見に行ったり、車内でガイドブックを見たりしていて私が起床してから1時間以上もとどまっていた。くだんの山梨ナンバーは私たちが朝食を食べているとき、若い男性一人がこちらに顔を向けを覗くようにしながら駐車場を出て行行く姿に、深夜のアイドリングを行わなかったマナーに心の内で感謝した。
 
 朝食はいつもながらパン。この日最初の目的地は湘南ナンバーの男が見ていた駅前の案内板で旧大泉村役場近くにあると示されていた糸桜だが 昨日来た道を戻るのではもったいないと、小海線沿いに甲斐小泉駅方向に車を進めた。

小泉駅に至る間にはいくつかの湧水地があるようだったが車を止めることもなく走り続けた。駅近くには平山郁夫画伯の美術館があったが、会館まで少々時間があったため通過した。
 小泉駅近くから南下し昨日通った長坂小淵沢線に入り東進すると背の高い糸桜が見えてきた。県道に面しており桜見物の駐車場はないため県道を挟んだ反対側にあるコンビニの駐車場に車を停めた。
 樹齢100年と解説文にあったが、背の高さ、枝振りはなかなかの見応えのある桜だった。
 この桜の横道奥の民家の庭先にソメイヨシノが咲いていた。手入れが行き届いていないと見え、枝振りに見劣りしたが、せっかく目に入った一本桜に違いはなく一枚撮影となった。

 甲斐小泉からぐるりと大泉を回るように枝垂れ桜に至っわけだが、その道中谷戸城址の案内看板が目に入っていた。城跡なら桜があるに違いないと枝垂れ桜の後はそちらへ向かった。城跡はかなり広い自然公園の中にあるようで農道の突き当たりになる駐車場に車を停めた。一本桜ではなく並木のように立っていたが、そのうちの一本が際だって大きく聳えていた。三枚続きの写真の一番右がその桜になるが、撮影方向が悪かったためその状況がはっきりしないため、旧大泉役場のHPから写真を拝借した。
 
 甲斐路の桜を訪ねる旅はこれで終えることにしたが、車窓よりの遠望でまだまだたくさんの一本桜がこの地に存在することを知った。またネットでも今回見ることができなかった立派な桜が紹介されている。
 来年の春が待ち遠しいが、さらに信濃路方向へとまだまだ孤高の桜を求める旅は何年も続きそうな気配である。



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