伊那谷巡り
2007.9

 長野県は南北に長い形をしている。県北部は新潟県に接し、飯山連邦黒姫山、志賀、野尻湖、戸隠、川中島など
見所が多い。中部は安曇野、松本盆地、蓼科山塊と名所の宝庫である。特に志賀や白馬、霧ヶ峰は毎年スキーシ
ーズンになると何度も訪れていた。また、秋の白馬〜戸隠、春の高山村桜巡り上州から志賀の旅などツーリング
キャンプも楽しんでいる。
 信州は私の好きな場所で、県南部は以前茅野から高遠を経て天竜川左岸を下り大鹿村、上村から水窪へ至る山
岳ルートを経験しているのみだった。
 今年は天竜川右岸で遊んでみたいと思い立ち、9月下旬の3連休に実現することが出来た。
 
 初日は自宅(10:00)から駒ヶ根市(16:30)までの全て一般道のルート。最初の休憩地はR20の道の駅信州蔦木宿。
ここは温泉があり、駐車場横は釜無川の河原でキャンプが可能な広さの平地がある所。まずは状況をと見に行くと
いるいる多数のPキャン派が・・・・。道の駅サイドから河原でのキャンプ禁止措置要請が当局に出ないことを祈りな
がら後にする。
 当初の予定は諏訪湖南岸を走り天竜川の源である諏訪湖の釜口から南下するルートだったが、茅野の安国寺地
先で高遠へ至る道路標示を見て伊那へのショートカットを衝動的に決めハンドルを左に切った。
 高遠までは以前辿った道だが、岡谷の市街地を走るよりカーブは多いものの、のんびり走れる山道の方が気楽で
ある。

 高遠町は合併で今は伊那市になっている。天竜川の決して広いとは言えない河岸段丘に市街地が構成されてい
る伊那市は人口7万余の北伊那谷の中心地である。高遠の桜はつとに有名で電子部品、精密金属加工、機械など
付加価値の高い製品製造業が栄えているのも自然豊かな清浄な空気があればこそ。
 
 あの天竜川がこんな川かと思える流れに沿って市街地の中を通るR153を南下し、市町の境界を全く意識すること
なく駒ヶ根市に入る。この地域は天竜川を挟んで中心部は右岸、左岸は耕作地帯と様相が大きく異なる。
 宿泊予定地は駒ヶ根キャンプセンターであったが、現着すると純然たるテントキャンプ場で車乗り入れ不可だった。
受付で距離にして1kmちょっと離れた駒ヶ根家族旅行村を教えてくれた。ここは温泉施設や野外レジャー施設もある
受付に行くとオートキャンプ場は満杯であると告げられた。駐車場で構わないと申し出るとP泊でも2000円だと言う。
夕暮れの中これ以上泊地を探し回るのも億劫であり承諾した。
泊まったのは一番左のP
http://www17.ocn.ne.jp/~komagane/kazokumura/kazoku.htm から拝借。
 早太郎伝説で有名な光前寺。遠州では悉平太郎伝説で残る。
光前寺本堂。趣のある山寺の風情 光前寺本堂に至る参道横の石垣の中にはヒカリゴケが見られる
 光前寺の三重の塔  早太郎のお墓。遠州、伊那と伝説が残っている以上、両地を舞台にした何ら
かの出来事が会ったことは十分想像できる。

 2日目:まずは駐車場から50mほど離れた営業開始10時の温泉をのんびりと楽しむ。無色透明ながら柔らかな
良い湯である。車に戻りこの日の予定を大まかに立てる。私の旅は殆ど事前準備をしない。現地で考えるのが私
のやり方である。これは時として絶対押さえておかなければならない場所を見落とす危険をはらんでいるが、反面
そんな事態になっても再度その地を訪ねる理由を残すことにもなる。
 この日はまず駒ヶ根シルクミュージアムへ行くことにした。諏訪〜伊那谷は養蚕が盛んな地であり、いとへん長者
が輩出された土地であり、その歴史が解りやすく説明されている。生きた蚕の幼虫が展示されているのには驚かさ
れた。恥ずかしながら繭から取りだした蚕にお目にかかったことはあるが、芋虫を見るのは初めてで、その大きさに
二度びっくりさせられた。

 少しは天竜川左岸を走ってみようかと車を進めると水引工芸館の看板が目に入った。入場無料の表示にも誘われ
たのだが、それもすぐに納得がいった。資料館的施設と思ったが要は水引細工の売店であったのだが、慶弔袋の
世界からは想像できない芸術の域に達しているものが多数並んでいた。

 さらに南下し中川村にある養命酒発祥の地なる場所をカーナビに見つけ目指すことにした。左岸の道は途中土砂
崩れで通行止めでR153に戻り坂戸峡なる交差点でまた左岸へ渡る。辿り着いた発祥の地は建物があるものの閉
門され見学のための公開はされていない様子。工場と言うより作業場と言った方がふさわしい建物と事務所が数棟
立ち並んでいる風景はいかにも発祥の地と呼ぶにふさわしい。

 次いでカーナビで近くに中川村歴史民俗資料館があることを知り訪ねるも休館。最初から見学者など見込んでい
ないのかと思いたくなる。

 飯田市に入り、元善光寺を目指す。駒ヶ根シルクミュージアムで手に入れた伊那路の観光案内で見つけた場所で
長野の善光寺はここから遷されたとある。長野善光寺のみを参拝するのは片善光寺参りで御利益に薄いともあった。
 長野は私も妻も参拝済みでありそう言われては寄らないわけにはいかない。規模は小さいがなかなかの名刹で参
拝者のとぎれることはなかった。

 元善光寺を後にするとそろそろこの日の泊地を決めなければならない時間になっていた。まずは地図上で見つけた
妙琴公園キャンプ場へ。現地は車乗り入れ不可の傾斜地にあるキャンプ場で何とかしてサイトに近い所へ車を置きた
いため駐車場に空きがあるのに周回道路はびっしり車で埋め尽くされている。空いている駐車場も傾斜しているため
P泊は不適。
 
 ここは諦めて次なる地図上で探索した沢城湖牧場キャンプ場へ向かう。妙琴公園でぽつぽつし始めたのが、本降り
になるなか現着するも受付が判らない。設営済みの名古屋ナンバーファミリーに教えてもらい管理棟に。

 キャンピングカーを停めるだけ、ウォーニングも何も出さない、ゴミも出さないと説明して提示された料金は3500円。
あとで調べると、車+テント+タープの私より3倍ほども面積を専有しているキャンパーと同料金だった。

 土砂降りの中値段交渉するのも面倒で、ここでも言い値で手を打った。雨は最悪のことを考え窓からサイト周辺の地
形を確認するほどの降り方で、雷も一晩中鳴り響いていた。
 駒ヶ根のシルクミュージアム。当地で昔は盛んに行われた絹の博物館  一見グロテスクだが、この芋虫を飼育するのには多くの苦労があったはず。
 生きている幼虫を展示している。
 水引工芸館。慶弔袋の域を超え芸術まで昇華している水引の世界があります 2泊目の飯田市沢城湖牧場キャンプ場。左側に沢城湖
http://homepage2.nifty.com/sawashiroko/index.htmから拝借
 3日目:明け方に雨は止んだ様子で。木の枝から落ちる水滴が屋根を叩く。朝食後早々にキャンプ場を後に
する。私の目論見ではもう一泊したいと思っていたが、妻が翌日に病院の診察予約を入れてあり却下された。
 おまけに「何時もお父さんは自分だけ解っていて何も説明がない」との発言に一悶着あり、しばし無言の車中。

 しょうがない帰るかとこの日は新城までR151を走りR257で引佐に至るルートを選択。下條村は峰竜太の出
身地で道の駅にあるそばの館なる施設でも竜太のソバがこれでもかと陳列されている。途中、阿南町営温泉
のかじかの湯へ立ち寄る。今は朝霧高原で酪農地帯を形作っている戦後西富士開拓に入植された方々の多く
は阿南町と周辺地域の出身者で、かじかの湯の駐車場脇の緑陰に富士山の石と表示された椅子とテーブルに
加工された溶岩が西富士開拓団の銘とともに置かれていた。阿南町は化石の産出でも有名で町営の化石博
物館にも立ち寄った。

 R151は東栄町手前で一部すれ違い困難な場所が残っているものの、一昔に比べたら随分整備されていた。
 また、R257は遠州と南信の幹線道路であることを実感する走りやすい道になっている。

 引佐から浜北へ出て浜北大橋〜掛川〜R1を考えていたが引佐で浜松西インターへの案内標識が目に入っ
た途端心は東名に一挙に傾き浜松環状道路へとハンドルを切った。

 肝心な駒ヶ根家族旅行村、沢入湖キャンプ場、元善光寺などの写真がありません。
 車から離れるときカメラを持って行くのを忘れたのが元善光寺、駒ヶ根では到着後、夕食の準備などで写真に
頭が回らず。沢城湖では土砂降りで撮影どころではなかったためです。

 なお、高木村の椋鳩十記念館にも立ち寄りましたが休館日でした。3連休での開館について考慮できないもの
かと強く思った次第。
 
道の駅信濃路下條駐車場 道の駅信濃路下條駐車場道に隣接した畳敷きの休憩所(夜間の開扉は不明)
 
道の駅信濃路下條にある蕎麦の館  阿南町の化石資料館に展示されていた化石の塊

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