秋田県大曲花火大会
2005年8月





 大曲の全国花火競技大会の呼び声高いことは知っていたが、遠方であることから見ることは無いだろうと思っていた。
 一昨年、北海道で過ごした学生時代の同窓会を鹿児島で行った。この同窓会は10年ごとに札幌郊外の定山渓で行っていたが、高年齢になるにつれ、全国各地に散らばっている同級生の住む地を訪ねて行うのも一興と、同級生6人がいる九州で行うことになり天文館に集った。 この同窓会に秋田県大曲に住むK君も出席していた。

 昨年の夏、ふとしたきっかけで大曲の花火を思い出すことがあった。以来、来年こそ大曲の花火を見に行くと心に決め、大会の情報をインターネットで収集してきた。
 旧大曲市の人口の十数倍の観客で会場周辺がひしめき合うこと、道路の大渋滞が毎年繰り返されていることが掲載された大会公式ホームページを見て憂鬱が募っていたとき、鹿児島でのK君の「花火大会に来いよ」の言葉を思い出した。
 
 早速e-mailで情報提供をK君にお願いしたところ、彼の自宅は花火打ち上げ場所から直線で400m程、観覧席のある河岸までは200m足らずであり、自宅の駐車スペースにも余裕があるとの返事が来た。
 そこで私1人で行くのはもったいないと、栃木県に男やもめでいる同じく同級生のA君をe-mailで誘ったところ「行きたい」との意向が届いた。

 当初26日の夜には大曲現着の予定でいた。しかし16時少し前に栃木県那須塩原市に着いたが、急な仕事の都合で21時頃にならないと帰宅できないというA君の家に1人で上がり込み帰りを待った。
 結局A君が帰宅したのは22時少し前で、大急ぎで支度をしたA君と彼の家を後にして27日早朝の大曲入りになった。K君の住む街区は花火大会会場に近いため27日朝から進入禁止になることから26日夜に到着する場合は不用だという車乗り入れ許可証を事前に送ってもらっていて大正解であった。早朝3時過ぎの時間にその街区に入る道には全てバリケードが置かれ警備員が配備されていた。

 K君の家はその所番地からおおよその場所はカーナビにインプットしてしてあったが、3時半の到着時はまだ暗闇で、探索するのをあきらめ住宅街の空き地に車を止めキャンカー内で睡眠を取ることにした。
 6時半に目が覚め、K君の家を探しはじめた。後から判明したが彼の家から100m程離れた街路を探していたわけだが見つけることが出来なかった。電話をするも早朝のためか受話器を上げてもらえず自力での探索を続行し、さらに住宅街に入ったところで散歩中のご夫婦に○丁目○は何処か訪ねると、もう少し南側ではないかと言われ、Uターンした所で何の気無しに右手の家の表札を見ると何とK君の名前があった。何のことはない彼の家の前で案内を請うていたのであった。

 駐車場を見ると彼の車があり、その横に車を入れてから早い時間に訪ねるのも迷惑になるとまた睡眠を取ることにした。しばらくすると私の携帯電話が鳴った。「昨夜電話をかけたが繋がらなかった、今どこにいる」とK君。「駐車場に入っている」と私。ほどなく寝起き顔のK君が家から出てきた。早速家に招かれたが、早朝であることからもう少し車の中で寝ることにし、三度目の眠りについた。
 10時頃目が覚め、彼の家に入り昼食を頂いたり、K君の隠れ家という別棟の部屋で彼の趣味のモーターパラグライダーのビデオを見たりして時間を過ごし16時頃花火観覧会場に向かった。K君の家からも花火は十分すぎるほど見えるが、打ち上げ場所まで至近の一等席の桟敷を用意してくれてあり、一枡6人の席にK君のご親戚の方と一緒に陣取った。

 大曲の花火大会は全国の名だたる花火工房を30社選抜して行われる競技会で、各社昼花火の部、夜花火の部でその絢爛さを競いあう。    

 昼花火というと音だけが定番だが、色とりどりの煙で表現する美しさには新鮮な感動を覚えた。
 昼花火の競技が終了し、1時間ほどの間に陽が西の山に沈み、光が暮色から暗闇に変わろうとするとき、夜花火が開始された。昼花火の競技同様、まず開始宣言の音だけの花火が3発打ち上げられ、次いで審査標準となる花火が打ち上げられた。

 競技は各社尺玉を2発、音楽に合わせて打ち上げられる巨大スターマインと言える創作花火で競い合う形式を取る。また、合間に仕掛け花火が加えられ、後半に大会提供花火と銘打った500mの巾で一挙に1500発を打ち上げる巨大スターマインが打ち上げられた。この大会提供花火は、普通なら上下に目を動かす花火見物が左右に首を振りながらの見物となる。打ち上げ前の「大会提供花火」のアナウンスには会場から大きな拍手が沸き起こった。

 桟敷でビールや料理をやりながら、目の前で内上がる花火を首を痛くしながら見る至福の時間を過ごし、18時50分頃から止むことなく打ち上げられた花火も21時50分頃に終了したが、ここで今まで目にしたことのない感動的な場面が目の前に展開された。

 対岸で花火師達が何十という赤いトーチを振り始めると、こちら側の岸にいる観客達が花火師達を讃えるスポットライトや化学発光の灯りを振り始めたのである。何万という灯りが一斉に振られ、観客と花火師との灯りの交換は10分以上にわたり続けられたのである。
 花火大会は打ち上げる花火師、それを見る客、イベント運営者で成り立っているがお互いがそれをたたえ合う光景は初めて目にするものであり、目尻が潤む大感動の光景であった。
  興奮冷めやらぬなか、K君の家に戻り、秋田の美酒をやりながら花火談義に花を咲かせ日付が変わる頃、鼾には自信がある私だけキャンカー内で眠りについた。

 往復約1700Kmの行程であったが、行きの疲れは花火と共に空中高く登り錦の光と共に霧散し、帰りの疲れは心地よい感動がそれを忘れさせてくれた。

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