22年を生きたミミが遷世したのは2005年の9月30日だった。
静岡市の駿府公園に捨てられ、足下もおぼつかないネコだった。
ペットと生活を共にすればいつか別れの時が来る。
それは承知していたつもりだが、別れは大きな悲しみだった。

もう、ネコは飼わないようにしようと半ば心に決めていた。
2006年の冬家の物置の下で野良猫が5匹の子供を生んだときも邪険に扱っていた。
この親子もいつか何処かへ行ってしまい、子供は寒さで凍え死んだと風の便りが届き辛い思いをした。

2006年の夏一匹の子猫が同じ物置の下に見え隠れするようになった。
犬が散歩に行く間、エサを失敬しているようで、帰ってくる私の姿を見ると尻を丸めて脱兎の如く物置の下に逃げ込んでいた
これもいずれ何処かへ行くだろうと放置していたが、8月に入ると近所のネコがこの子猫を虐めるようになり、悲鳴が聞こえるようになったとき、妻に「家に入れてやろうか」と相談した。

ミミを最もかわいがっていたのは妻で、ネコも私より妻になついていたし、ミミが死んだときの悲しみは妻が一番大きかった。

悲しげな子猫の悲鳴はある意味私たちは耐え難かった。
それから、妻の餌付けがはじまり、徐々に外から家の中へとエサを与える場所を移動した。
数日後、妻から「掴まえた!」と携帯電話に連絡が入った。

帰宅すると、洗濯籠を逆さにした中に牙を剥く子猫が閉じ込められていた。
果たして懐くものかと心配したが、半年後の今は上の写真の如く大きな顔で暮らしている。


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